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東日本大震災から11ヶ月

暫く、ブログの更新をお休みしておりました。

開けて下さった方、ありがとうございます。

日常の様々なことは、別ブログへと移行することにして、
こちらのブログは、純粋に片付けのことに関して書きたいと
思いました。

私が他のブログを読ませて頂いた時に思ったのは、ちゃんと
テーマが決まっているブログの方が読みやすいということ
でした。
片付けや整理収納というテーマがある以上、私も読んで下さる
方に共感してもらえたり、参考になるような記事をめざしたい
そう思っています。

さて、今日は震災に関する話題ですが、片付けも絡むことを
書きます。




早いもので、東日本大震災から11ヶ月が経ちました。

一年前、自分は何をしていたのか、振り返ってみると…



夫が白内障の手術を終え、退院して一週間ほど。


術後の体のために、食事作りやら色々やっていたと思います。

仕事もそれなりに忙しく、毎日が慌ただしかったという
記憶がうっすらとあります。

このブログに書いていたのですが、私は片付けを
頑張る一年にしたいと思い、あちこち手を付けていました。


海外での地震のニュースに衝撃を受け、ここ宮城でも
それなりに地震が何度かあったりして、
いつか来るだろうと言われている、30年サイクルの
宮城県沖地震を意識し、どこか緊張感に包まれてる、
そんな毎日でした。


しかし、特にあれを用意しておこう、とか
何か買っておこう、とか…
そこまで真剣に考えてはいませんでした。


仙台の便利の良いところに住んでいて、中心部で働いて
いるから、いつでも買い物には不自由してなくて…。
一年前の私は、ただ漠然と、地震は怖いからこないで
欲しい~と騒ぐだけでした。


宮城県沖地震を体験した…となると、ある程度の年齢
以上の人です。
若い人は知らないですよね。


宮城県沖地震の揺れは、とにかくガタガタと激しい揺れ
でした。
私は習い事に行っている時でした。

そこから自宅へすぐ帰ろうと思い、たまたま乗ったパスが
『深沼海岸』行きでした。
その時は、津波の被害は無く、海岸方面へ向かうバスも
運行されていたのです。

私は途中下車なので、その先のことは知りませんが
津波が来るとかの騒ぎは無かったと思います。


宮城県沖地震では、ブロック塀の下敷きになった
犠牲者が多く、衝撃を受けました。

今では、勿論高いブロック塀がある家は見かけません。


地割れ等もあったため、ガスの供給が復旧までかなり
ありました。
毎日、パンとか簡単な物を食べてしのいでいた記憶や
お風呂に入れないので、水で体を洗った記憶や…
そういうものは、何十年も経った今も残っています。


だけど、だんだん備蓄をするということが、意識から
抜けていったのは、確かです。

たくさんのコンビニに囲まれて生活しているうちに、
24時間、物に困らない感覚が染みついてしまったのです。


それでも、普段から缶詰類やレトルト等のストックはあったし
たまたま、片付けに精を出していたのがキッチンだったから
どこに何があるか、把握できていました。
震災後の混乱の中でも、切り抜けていけたと思います。


そして、逆に片付けが追いついていなかった他の部屋は
物を探すのにも苦労しました。
片付いてないごちゃついた物達と、震災で雪崩になった物達の
混同した散乱部屋は、もはやどう対処して良いか分からない
くらいでした。



生活していくのに必死だったし、被災者支援の仕事に奔走して
いたし、無我夢中でした。


最近になって、ようやくじっと周りを見渡せる気持ちになりました。


震災前にやっていた
『老前整理』を再び始めようと思います。
本当に老いてからでは遅いです。
必要な物をちゃんと整理整頓しておくこと。
災害時に慌てないように、備えておくこと。


基本に戻りたいと思います。


一年前より、何となく目が衰えてきた気がしますもの。
体が動いて、よく見えるうちに、すっきりしたいです。


断捨離も大切だし、捨てる勇気も重要です。
でも、『捨てずに整理整頓』することと
『災害のために備蓄する片付け』をめざしていきたい
そう強く思います。



ではまた…


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テーマ : 宮城県
ジャンル : 地域情報

哀しい知らせ

先日、帰宅した時…

ポストから郵便物を取ってきた、夫が玄関先で絶句…

手にしているのは、喪中のハガキでした。


何と、夫の友人の娘さんが亡くなったと…
亡くなった日付は、3月11日…
えっ?まさか?
PCを開き、東日本大震災で亡くなった人の名前一覧の
ページを探すと…
やはり載っていました。


夫の友人の自宅は、仙台市の隣、名取市。
名取市の被害は大きいものの、内陸部側の自宅なので、震災後
も特に安否確認の連絡もせずに今まで過ごしてきました。
それが、どうして娘さんが、犠牲になったのでしょう…?。


意を決して夫が電話をしました。
夫の友人の奥様と、暫く話していた様子です。
奥様の後、続いて友人との会話…。
電話の向こうから哀しみが伝わってきました。

電話の後、夫から話を聞くと、
友人の娘さんは、自分の家から10分程度の職場に勤務していた
けれど、震災の日は、沿岸部に近いところの介護施設にお手伝い
に行っていたとか…。
そこで震災に遭遇したそうです。
面倒を見ていた人達を避難させていた後、津波に巻き込まれた…
助かった人から、娘さんが避難させてくれていたこと、その後
行方不明になったことを、職場の人間が知り、友人宅を訪れて
そのことを伝えたそうです。
最初は、すぐ近くの職場だけど震災で帰宅が遅いだけだと思って
いたご両親は、その事実を知って、急いで探しに行ったけれど
交通規制があって近付くこともできず、どうしようもなかった…。
ずっと探して…遺体が見つかったのは4月6日。


夫の友人の娘さんは、まだ20代半ば。
3年ほどお付き合いしている人がいて、結婚話もそろそろ出て
いたとか…。
どこかアパートでも探して…ということも話していたそうです。


どんなにか幸せな毎日を送っていたご家族だったでしょう…。
それが、あの震災で、しかもその日に限って…。
どれほどの哀しみと悔しさと、無念だったか…。

「あの日以来、笑うことができなくなった…。いつか笑える日
が来たら、一緒に飲もう…。」
夫はそう言われたそうです。


私は自分の娘と同じ年頃の娘さんが、命を奪われてしまった
ショックで涙が溢れました。
その日ほど、震災に対する哀しみを感じた日は無い気がします。


私の親類では、夫のおじが亡くなりました。
遺体がなかなか見つからなくて…3月31日にようやく…。
本人だと言うことは、判別できたそうですが、損傷が激しく
親類も納棺のお別れができないほどでした。
それよりも更に一週間も遅いなんて…。
変わり果てた姿になった娘さんと、ようやく会えたご両親は
どれほどショックだったか…。
想像を絶します。

どれだけ街が復興しても、大切な命を奪われた家庭では、
あの日から時間が止まってしまったと思います。

娘さんと、将来の約束をされていた恋人だって…
哀しみの淵から完全に立ち直る日は、無いと思います。


震災は、夢では無かったのだと、打ちのめされた思いです。
被災地、被災者…という言葉を自分が使って良いのか…と
考えてしまいます。
命があるだけでもマシ…と言わないで下さい。
生き残った私達の、親類、友人、知人…犠牲者が全くいない
ということの方が少ないと思います。

以前も書きましたが、今年の年賀状…
私の周りで犠牲になった、おじ、仕事のお客様、夫の友人…
みんな
[今年も宜しく]と
いつも通りの言葉がそこにあるのです。

そして、残酷な年末が訪れようとしています。



喪中ハガキで、友人の親御さんが亡くなったという知らせは
毎年のようにあります。
でも、大抵はご高齢なので、天命かな…という気持ちで受け止め
ることになります。
しかし、今年は、震災で命を落としたことを、喪中ハガキで知り
愕然とする人は多いと思います。
震災で亡くなった人は、大抵は身内でひっそり葬儀をされたり、
火葬だけ済ませるということが多いため、普段あまり付き合いの
ない人達まで、知らされてないと思います。

私のように驚きと哀しみを受け止めなければならない人が、きっと
たくさんいるでしょう…。


何ができるか考えましたが…何もできません。
ただただ、ご冥福を祈るだけです。

市内の現在(いま)に思う

今週は、残暑が厳しい一週間という予報は知っていましたが
本当に暑かったです。
特に今日は、30度越えで、自分が溶けるのではないかと思う
くらいでした。

震災の時期が3月で、まだまだ寒い時期ではありましたが、
もしも違う時期だったら…と思うことが度々あります。

例えば夏だったら…
海岸沿いにその時いた人数は、もっと何倍もあったのではないか
と考えると怖くなります。
海水浴客も大勢いたと思うし、お盆前だから帰省している最中の人
もたくさんいたと思います。

このように暑かったら、避難所で過ごしていても体調を崩し
やすいだろうし、食糧の保存にも困ります。
断水したりするのも、ガスが止まるのも、シャワーすら浴びる
ことができないとしたら、大変なことです。

私は仙台市内のことしか語れませんが、震災後断水が相当戸数で
続き、給水所に毎日並んでいるという話をたくさん聞きました。
都市ガスは、被害が大きいため、復旧が本当に遅れていて、自宅
が3月下旬、職場は4月に入ってから…と、本当に苦労しました。

宮城県沖地震があった時、水が一時的に出なかった時もありました
し、やはり都市ガスが止まって不自由でしたが、その時は6月だった
ので、水で体を洗って毎日を過ごしていました。

あれから何十年という月日が過ぎて、このような災害時に、我が家で
一番苦労したのは、体を洗うことができないということでした。
津波の被害を受けたところからしたら、お風呂だとか贅沢な話だと
言われるかもしれません。
でも、みんな毎日食糧の買い出しに行ったり、交通機関が復旧する
まで、自転車で職場に通ったり、休むことなく動いていたのですから
当然体を洗いたくなります。

今ではぐっと少なくなった銭湯の営業情報があると、みんな並んで入り
に行ったり…もありましたが、仕事帰りの時間には到底間に合わなくて
大抵の人は体を拭くに留まっていました。
そんな中、ネット上で、自分の家はプロパンガスだから、とか、先に
都市ガスが復旧したから、ということで、自宅のお風呂を提供する
申し出をたくさん見掛けました。
それこそ、日本が一つになっている、と感じました。

でも、やっぱり他人の家のお風呂をお借りするのは気が引けます。
大抵はそうですよね。

これから、震災復興の計画が色々と実行されていくと思いますが、
災害時の入浴対策はどうなっているのでしょうか。
簡易トイレがあるのだから、簡易シャワーとかの用意もあって良い
と思います。
地域ごとに、プロパンガスもしくは電気温水器の設備やシャワーを用意
しておくとかしたら、だいぶ助かると思います。
みんな大変だし、みんな我慢しているし、というのはもっともです。
最初の3日位だったら、みんな無我夢中だから、そんな不満も言って
られません。
でも、5日以上頭を洗わないと、痒くて仕方ないはずです。

今の時代、ほぼ毎日入浴しているのが当たり前の生活をしている人が殆ど。
もし、このような暑い日に震災が起きたら、ずっと体を洗えないというのが
どういうことか、もっともっと全国的に受け止めてもらいたいと思います。

テレビの司会者が、
「ライフラインが復旧できるのも、あと少しだと思うので頑張って下さい」
と呼びかけているのを聞いても、全国には、この不自由な現実を知って
もらえないんだよね、と思って空しかったです。


被災地の全てを網羅できていませんが、今日までの仙台市内の様子は…
まだ、危険・立ち入り禁止というロープを貼った建物が多くあります。
頭上危険などと書いてあるビルの横を通らなければならないことも
多いです。
{全壊}と認定されれば、仙台市が解体してくれるそうなので、
その時期をじっと待ってる人もたくさんいるようです。
元々建物を解体して、他の物を建築する予定があった人は、解体業者の
予定が全くつかずに、何ヶ月も待っているという現実もあります。

一方で、大規模修繕の計画のめどがついた建物は、どんどん足場を
組んで、あちこちで改修工事がハイピッチで進んでいます。
早々と改修工事が済んだ商業ビルは、綺麗にリニューアルされて
以前よりも増して、賑わいを取り戻してきた感じすらします。
ファッションビルには、素敵な洋服が立ち並び、高そうなお店で
ティータイムをしている人を横目に、足早に私は歩き回っています。

一見すると、元通り、あるいは以前よりも小奇麗になった街並を
見ていると、震災の影も薄くなってきたのかな…と思ったりしますが
何ていうのか、地元の空気がまだまだ心から平穏じゃない感じが
します。
仙台弁で言うと
『おだってらんないっちゃ』って感じ。
つまり、調子こいてふざけちゃいけないよ、まだまだ自粛すべき
ところはしないとねって。
やっぱり、多くの命がいっぺんに失われてしまったショックは
本当に大きいと思います。
建物が崩壊しただけなら、犠牲になる命が無いなら、気持ちの切り替え
は早いのです。
新しいビルが建てば、それはそれで嬉しいし、電化製品や家具が
壊れたというのなら、それも買い換えの時期だったと割り切れます。
でも、何もかも流されて、しかも幼い子供達の命をも奪った大津波の
ことが、いつも頭から離れないのは、私だけではないと思います。

震災から一年、二年と経過していっても、全てが元通りになるわけない
…それは誰しもが感じていること。
では、どうすれば。

せめて新しい街並が、元気になるようなムードに溢れていること。
仕事が安定していること。
経済が動いていること。
そして、もしもまた震災があっても、乗り越えられる対策が
されているという安心感があること。

そいうう積み重ねがあってこそ、復興は実っていくと思います。



私個人的には、物は要らないな…ってつくづく思います。
後で片付けようと思って放置していた物達に、本当に泣かされ
ました。
昨日の、掃除し隊、の記事に拍手を下さった方、ありがとう
ございます。
拍手コメントは、非公開となっておりますので、是非コメントを
付けて頂けると、嬉しいなと思います。

それではまた…

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被災者の現実

罹災証明の手続きが、ラッシュになっているようです。

一部損壊と、半壊の違い…
ちょっと見ただけでは分かりませんが、建物の外観上、基礎や壁に亀裂
があったりすると、半壊扱いになるとのことです。

当初は、全壊、全流出だけの世帯しか、申請できないムードがありました
が、ここ何ヶ月は、一応申請してみよう…という方が増えてきた様子
です。
半壊という扱いも、意外と多いようで、それなりの義援金が貰えるのです。
義援金は様々な団体を通して送られてくるので、その支給方法も様々だと
思います。


夫は仕事関係での、罹災証明を取りまとめなければならない立場にあります。
ここ2ヶ月くらいは、来る日も来る日も市に罹災証明を受理された、という
書類を受け取り、その義援金申請手続きに追い立てられてきました。

皆さん、当たり前のように、次々と書類を持参しますが、少人数でやっている
職場なため、本当に通常業務に支障ができて、困ってしまいます。

ちなみにうちは、オフィスも自宅も一部損壊なので、全く貰えませんけど…。


テレビを見ていると、石巻あたりは、仮設住宅の抽選に外れて、未だに
浸水被害があった自宅の二階に住む人が、大勢いるとか。

震災から半年経っても、住むところも確定していない方々がたくさんいるの
ですね。
何だかその温度差に愕然としてしまいました。
それと、親類などの家に避難していて、仮設住宅の抽選に参加していない人
が締め切りを知らずにいたという話も知り、しかも仮設住宅にはまだ空きが
あるのに…色々と手続きを踏まないと、新たな入居は難しい様子です。
仮設住宅の空きがあれば、随時申し込みができるものだと認識していたのに
そうではなかったのですね。

9月いっぱいで、民間賃貸住宅の借り上げ申請もいったん終了と聞きました。
まだ、住むところが無くて、探している人、結構いると思うのに…。

少しずつ寒くなってきました。
せめて、住むところの確保、そして生活の再建、それができなければ、元の
平和な暮らしは取り戻せないのですよね。

被災者の現実、どこまで知られてどのように支援してもらえるのか…
考えると、気持ちはどよ~んとしています。

このどよ~んとした気持ちに追い打ちをかけるもの…
最近はキンモクセイとか、名前が分からないけど匂いの強い花が多くて、
それで片頭痛がするんですよね…
今の季節が、結構辛いかも、私。
眼も痒いので、よく洗っていますけど…

それではまた…

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震災から6ヶ月 我が家の米騒動etc…

東日本大震災から6ヶ月。


色々なことがあり過ぎて、本当に大変でした。
思い出すことは、たくさんあるんだけれど、今被災地に
住んでいて、教訓になったことや、反省させられたこと、
また忘れてはいけないことなどを時々書いて残しておこうと
思います。


タイトルに米騒動などと書いてみましたが、大袈裟なこと
ではありませんので…。

我が家は三人家族。夫婦と子供の核家族。
子供は娘ですので、育ち盛りの息子がいるならまだしも、
お米は大して消費していません。
しかも朝食はパン、夫は麺類が好きなので、下手すると
一日に一回も我が家のお米が減らない日もありました。
ただ、震災前は、朝自宅で炊いたご飯をタッパーに入れて
オフィスに持って行く…というようなことをしていたので
それなりにお米を消費していました。

米びつに新しいお米を入れたら、次の10㎏を購入しておく
それが、私なりのルールと決めていました。

たまたまだったのですが、実家の母から、お米が余って
いるから買わないでおいてね、と待ったがかかっていました。
私の妹の夫の実家で、お米を作っているので、母のところへ
定期的にお米が届くのですが、一人暮らしで食べきれない母
は、私ともう一人の妹(東京在住)にお裾分けしてくれます。
そのお裾分けは有難いんだけど、去年時間を置き過ぎたお米
をよこされて、その古米に泣かされた苦い経験があります。
だから、また古米じゃないよね~?などと疑心暗鬼でいました
が、大丈夫と言われ、何度もスーパーで安売りのお米の横を
通り過ぎていました。


そこへ突然の震災。
週末の金曜日だったので、そろそろ食糧品の買い物をしなきゃ
ってタイミングでした。
恐らく共稼ぎの家庭は、どこもそんな感じだったのではない
でしょうか…。

震災当日、朝からバタバタして、午後から会議に出なければ
ならない夫のために、お昼休みにコンビニで五目焼きそばや、
おにぎり、サンドイッチなどを買って、たまたま安かった食パン
も買っておきました。

震災の日は3月11日で、私は確定申告がまだだったので、一人
で残業もありかな~といつもより少し多めに食糧を用意して
おいたのです。
後に、そのことが多いに我が家にとって助かったわけですが…


お米の話に戻りますね。
震災から丸2日、停電のためにご飯を炊くことができません
でしたが、その後電気が復旧し、ご飯を炊こうと思ったら
米びつには10合ぐらいしか残ってなくて、お米の買い置きが
無いことを思い出し、実家に確認したところ東京にお米を送る
つもりでいた…と言われ、絶句。
何でも、東京ではお米の買い占めが増えてなかなか手に入ら
ないとか。
妹のとこは、五人家族。お米が手に入らないんじゃ困るでしょう
と、私は諦めることにしました。

震災後のスーパー。
お米を手に入れることがこんなにも困難だなんて、驚きました。
3日間くらいは全くお米を見かけませんでした。
いざという時のために無洗米を買っておいたので、3㎏とかは
あったのですが、心もとありません。
夫が3㎏のお米をようやく探して買ってきてくれたりしました。

数日後、私がスーパーで見つけたのは、山形のお米{はえぬき}
ネーミングがミスマッチのために人気度がイマイチだと聞いた
ことがあります。
今まで宮城の{ササニシキ}{ひとめぼれ}しか食べたことが
ない私にとって、宮城じゃないお米はどうだろう~って思い
ましたが、背に腹は代えられません。
思い切って{はえぬき}を購入しました。
早速炊いて、食べてみると、宮城のお米のような粘りっ気は
ないけれど、シンプルで冷めても美味しいお米でした。
無洗米に似た味でした。
スーパーで売っているタイミングで何袋か買って、{はえぬき}
に随分と助けられました。

その後、実家の母から、東京でもお米の流通が戻ってきたから
送らないことにしたと連絡があり、結局お米をもらえることに
なりました。

今まであちこちのスーパーに並んだ労力はどうなるの~と言い
たいところでしたが、取り合えずはほっとしました。
暫くは、岩沼の{ササニシキ}を食べることができました。

やっとスーパーの店頭に宮城のお米が並んでいるのを見た時、
あぁ良かったな~って心から思いました。

お米は何とか手に入った半年間でしたが、震災直後はコンビニ
も閉まっていて、あんなに簡単に買えたおりぎりですら手に
入らず、自宅でご飯を炊いて、おにぎりを握ったりしました。
お米がいつ供給不足になるか分からなかったので、パスタに
したり、ホットケーキミックスで蒸しパンを作ったり、主食は
工夫して乗り切っていました。

その時の苦労は大変でしたが、とにかく普段から食糧を常に
確保しておくことを心掛けていたので、お米以外の部分では
慌てないで済みました。

でも、我が家の米騒動のことは、本当に教訓になりました。
お子さんの多いご家庭などでは、とにかくお米は確保して
おくことをお勧めします。
いざという時に、あちこち走り回るようでは本当に疲れます。


最後に余談ですが、うちの場合、たまたま3月10日の夜に
食パンを買って、11日のお昼も食パンを買って、6枚切り
が12枚あったんですよね。
震災のお昼に買った、サンドイッチやおにぎりが、そのまま
夕食になって…
懐中電灯の下で、冷たい食事でしたが、うちはまだマシだった
のかもしれません。
次の日の朝は、食パンと冷蔵庫の中にあったきゅうりなどで
サラダを作ったり…夫が食事療法をしなければならない境遇
なので、ある程度の野菜が残ってて、停電しても寒さで
あまり傷まずに使えました。
また、ツナやコーンの缶詰類なども常備していたので、色々と
使い回せました。
お肉は冷凍庫でガチガチに凍っていたので、2日位はまだ
カチカチでした。
プロパンガスが使える夫の兄のところで、全部のお肉をボイル
してきて、何日かは、そのお肉を色々とアレンジして過ごし
ました。

色々な雑誌・本などに、食糧はせめて3日~一週間は自力で
乗り切れるだけの準備が必要と書いてあります。
その通りだと思いました。
乾パンとか、長期保存できるものを…と考えがちだけれど、
普段食べ慣れているもの、パンや缶詰とか、パスタなどの麺類
とかも、在庫を確認しながら毎日意識していくことが重要だと
思います。

お恥ずかしい話ですけど、震災翌日に地域の指定避難所である
小学校の体育館に行ってみました。
そこで待っていれば、おにぎりや炊き出しを貰えるかと。
それは本当に甘い話でした。
届いたおにぎりなどは、本当にギリギリだったようです。
自分の力で何とかしなきゃダメなんだと、その時はっきり分かり
ました。

未だに余震もあるし、震源地もあちこちで、不安は尽きません。
また、大地震があった時に、今回の教訓を生かせるように、忘れず
にいたいものです。

それではまた…


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プロフィール

せりの☆

Author:せりの☆
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はじめまして。
ご訪問ありがとうございます。

私は、仕事を持つ主婦です。
昔は、収納グッズにこだわったり、カントリー調のインテリアを研究したり…
自称片付けの達人をめざしていました。
ところが、環境の変化や体調、諸事情で、
いつの間にやら片付けが苦手なタイプに
なってしまいました。
今度こそ片付け上手をめざします。
うまくいかなくて、落ち込む時もあるけれど、ポジティブがモットーです。
『苦手だからこそ、さあ!片付けましょう』
『明日は今日より快適に』
をキャッチフレーズに試行錯誤で頑張っています。
片付けを基礎から勉強したいと思って、
【整理収納アドバイザー2級】
【住宅収納スペシャリスト】を取得しました。
次のスキルアップをめざしています。


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